「百田尚樹さん」カテゴリーアーカイブ

毎日新聞「侍ジャパンは軍国主義」  虎ノ門ニュース百田さん山口敬之さん

百田尚樹さん 「毎日新聞の詩人の金時鐘さんの記事について、この方が『侍ジャパン』と言うなと言っています。

侍というのは特権階級で農民たちを切り捨てていた。農民たちは逆に明治維新になって苗字をもらって喜んだ。

これが愛国主義になり軍国主義に突っ走って行ったと。

全然関係ない。日本のサッカーチームに侍ジャパンというネーミングを付けたが、侍というのは精神のものです。

気高く美しくそして人々のために剣を抜くという日本古来の精神を則って名前を付けたのに、軍国主義がどうのこうのと。

これをまあ、在日朝鮮人が言うのはいい。日本の文化も知らないし。ただそれは朝鮮日報で語ってくれと。

これを毎日新聞社が喜んで、まさに時の政権を批判するかのように、在日朝鮮人の方が語るでたらめな事を新聞に載せるなと。

じつはこの続きがある。

なでしこジャパンも批判しています。

大和撫子というのは戦争中に夫たち子供たちを戦地に送り出して、戦死してもグッと涙をこらえて、泣かなかった。これがすばらしい大和撫子だと。

この大和撫子という言葉を使うことは、まさに軍国主義を称賛しているのでないかと。

とまで書いてあります。

大和撫子とはそう意味は全くなく、古来日本人の、古き良き日本の良さ、日本女性のすばらしさを『撫子』という言葉に例えて言ってるのに。

さらに背景がひどい。金時鐘さんが侍ジャパンの事を言っている時に、

毎日新聞社の記者が『じゃあ、なでしこは?』とわざわざ聞いているのです。

本来は逆で『ちょっと待ってくれ、あんたの侍のイメージは全く違う』と言わなければいけません。

斬り捨て御免と言っていますが、侍は切り捨て御免では許されません。

侍は仮に農民や町人を斬ったとしても、斬ったら最後絶対に切腹です。

下手したらお家断絶。

理由なしに人を斬ることはできない。

当時の侍というのは一生に一度しか刀を抜けない。

刀を抜いたら最後、相手が誰であろうとただでは済みません。

時代劇とは違います。

この朝鮮の詩人は間違った日本文化を言うなと。

で、それを聞いた毎日新聞社の記者は間違ってることを正せと。

農民も昔から苗字はありました。あくまで公式上はないということになっているが農民も町人もみんな苗字はありました。

むちゃくちゃや。この毎日新聞の流れがTBSや。

山口敬之さん 「(毎日新聞は)結局反日教育、反日を語る事を称揚しているのは確かです。

これは言葉狩りになりかねません。

侍という精神を軍国主義と受け止める方がいたとして、その方が不快に思うかどうかということと、このまま行くと、じゃあ侍ジャパンをやめろということを言いたいのか。

では毎日新聞はどういう立場でこれを乗せたのかというのは、いわゆる反日に寄り添う姿勢を見せるという土壌は載せた側が責任をもって解説をしなければならない。

何を意図しているのか。

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ドゥテルテ大統領の背景  虎ノ門ニュース西村さん百田さん

ドゥテルテ大統領はフィリピンという国のアメリカ植民地時代の悲劇と苦難を背負っています。

アメリカ植民地下で行われた苦難を彼は忘れていません。

コルト45の45口径のピストルがアメリカで作られたのはフィリピンの原住民を殺すためです。

それまでは35口径でしたが、20世紀初めにスペインを追い出して開始したアメリカ人によるフィリピンの植民地支配ではアメリカ人はフィリピン人を怖れていました。

なぜなら35口径のピストルで撃たれてもフィリピン人は走って向かって来ました。もう少し口径の大きいピストル、コルト45で撃ったら一発でのけぞる様になって命を奪いました。

コルト45は別名ピースメーカー(平和を作る)と言いました。

40万をレイテだけをアメリカ軍は殺した。独立の気運が高まっていたから全部殺しました。

そういうことを20世紀初めにやったアメリカに麻薬密売人を1000人殺したくらいでとやかく言われる筋合いはない。

とドゥテルテ大統領が言えるのであれば立派です。

ドゥテルテ大統領の中共に対する心情は未知数ですが、

彼の心情を理解できるのは日本だと思います。

 

アメリカは建国から大きな国になるまでひどいことをやっています。

黒人奴隷をヨーロッパよりもはるかに大量に使いました。

また、原住民のインディアンの大虐殺をしました。民族の絶滅一歩手前まで殺しまくりました。

アメリカの異民族を討伐するやり方は必ず、表に出てくる勇敢なるインディアンの戦士たちと対峙せずに背後の彼らの家族を全滅させました。

これが彼らの遺伝子で東京大空襲はそれなのです。

インディアンはアパッチ族にしてもスー族にしても非常に勇敢でした。彼らの弓の発射速度はピストルよりも早かったのです。

アメリカ兵はインディアンの鍛え抜かれた戦士と戦う事を恐れました。

インディアンは歴史的に部族同士で何100年も戦っていました。

インディアンは誇り高き民族で、一つの約束事がありました。

戦争というものは必ず戦士同士がやるものだということ。

後ろにいる女性子供は攻撃しないというのが不文律でした。

インディアンはその不文律を持ってアメリカ軍と戦いました。

ところがアメリカ軍はその不文律を守りません。

バッファロー・ビルという白人は「インディアンは約束を破ったことは1度もない。アメリカ軍が約束を守ったことも1度もない。」という言葉を残しています。

それほどの欺瞞と殺戮でアメリカ大陸のインディアンを絶滅寸前まで追い込んで、そのノウハウでフィリピンの統治に行ったわけです。

アギナルドなどフィリピン独立の戦士たちに対して彼らの背後にいる家族たちを殺しまくったのです。

これをドゥテルテ大統領の記憶にあります。おじいさんの世代から聞かされて育ったわけです。

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原爆について 4月12日百田さん虎ノ門ニュース

広島をケリー国務長官が訪問しました。テレビで見ましたが、さすがに謝ることはしませんが、同情していたように見えましたね。しかし、広島にある慰霊碑には、「安らかにお眠りください。あやまちは繰り返しませんから。」と書かれたものがあります。日本人が日本人に謝っています。これを見てどう思うかこれがリトマス試験紙と百田尚樹さんは言います。自虐史観の人はもちろん日本が悪かったのだからしょうがないと思でしょう。しかし、戦後70年が経ち、自虐史観が解けた人、WGIP文書(1948年3月3日付で民間情報教育局から総参謀二部に宛てた「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と題された文書)を知った人は納得するわけがありません。仮にこのような碑がアウシュビッツあったとしたらどうでしょうか?ユダヤ人が許せるでしょうか?9.11のあったアメリカにあったらアメリカ人は許せるでしょうか?広島と長崎に行われた行為は戦争犯罪です。国の軍同士が戦うことを戦争と言いますが、民間人を虐殺する行為は戦争とは言いません。東京裁判で日本人を全員無罪と主張したパール判事は昭和27年に広島を訪れて原爆慰霊碑を見たとき、通訳に訳してもらったところ、不快感を隠しきれませんでした。そこで彼は「原爆を投下したものと投下されたものとの区別さえもできないようなこの碑文が示す不明瞭な表現の中には民族の再起もなければ犠牲者の霊も慰められない。」と言っています。さらに「これを投下した国から真実味のある心からの懺悔の言葉を未だ聞いたことがない。罪のない老人や子供や夫人を幾十万人殺してもいいというのだろうか。我々はこうした手合と再び人道や平和について語り合いたくない。」と極めて強く批判しています。

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