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オリンピックは民のもの 虎ノ門ニュース28日青山さん2

エンブレム問題など、なぜ東京オリンピックで嫌な思いをしなければらないのか。1964年の東京オリンピックで祖国とか日本というものを教わりました。日の丸の意味とか開会式閉会式で海上自衛官が出てこられて自衛隊というのはこういう感じなんだというのを学校で教わらずにオリンピックで教わりました。オリンピックの全体の歴史を通じても東京オリンピックの清潔さ。自国のことだけを誇らない。そしてあの時何に一番心を打たれたかというと、日本を教わったことが一つと、もう一つは開会式でアメリカや日本の大選手団以外に一人で旗だけ持って出てきて、あとは役員で2,3人で出てくる国がありました。アフリカの民族衣装で出てきて、しかも日本的に整然と出てきて、私は夢中になりました。世界に関心を持ったのはあれが最初です。

今の東京オリンピックが決まって思ったのは、あの時の再来ということ。ずいぶん後ですが、ロサンゼルスオリンピックからオリンピックが商業科して、変質して今に至ります。究極は北京オリンピックです。まるでナチがやったオリンピックのように国家のプロパガンダに使われたわけです。そのために家を追われた人もいます。要するに競技場造るから有無を言わさず出て行けと。反対闘争も何もありません。粛清されてしまうわけですから。いったいオリンピックって何なのでしょう。本当に政治工作に使われ、落ちるところまで落ちたわけです。それを立て直すのが2020年東京オリンピックです。もう一度清潔なオリンピックに戻すと。それがなぜ嫌なことが起こるかというと、なぜオリンピック組織委員会のトップが森元首相なのか。エンブレムでも、事務総長が出てきて、なぜ事務局長ではなく事務総長なのか。見てみたら大蔵官僚です。日銀総裁になれなかった大蔵官僚が事務総長をやっていて、なぜエンブレムが大蔵官僚なのでしょう。要するに既得権益の人々、古い体質の人々をトップとトップまたはサブに置くから天のお怒りに見えるわけです。やはり人事を刷新するべきです。森元総理は国立競技場問題は自分が悪者にされてけしからんとお怒りですが、そのお怒り事態が不可解です。責任取るためにトップにいるはずです。褒めてもらうためにトップにいるのではありません。

森元総理が政権の時に言った神の国発言はホントはちっともおかしくない。しかしそれはそれとして責任は全部自分にあるのがトップであって、自分のせいではない。悪者にされたと言うのは、神の国発言ではない本質的な問題が森政権にはあったことを物語っています。そして問題なのは安倍さんのボスだということです。ボスが必要なのでしょうか。命がいらない総理のはずです。ボスもへったくれもありません。そして安倍さんだけでなく、日本の経済界は何をしているのでしょう。オリンピックはまごうことなき経済活動です。経済活動の一環だからこそスポンサーがつくわけです。なぜ経済界がオリンピックの組織委員会の会長の座を取りにいかないのか。なぜ総理大臣だった政治家に任せるのか。これは経済人が当然やるべきであって、そしてオリンピックはまだこれからです。人事をまず安倍さんが刷新して、今までのご苦労はご苦労としてありがたくいただいたうえで、若手の経済人から海外を知っている人、愛国者の人にするべきです。それから事務局長も人を入れ替えて、財務官僚とか政治家じゃなくて民の力でやるということを、オリンピックは民のものだということを示す。今からでも遅くないはずです。

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