「原爆について」カテゴリーアーカイブ

オバマさんの広島訪問について武田さん 虎ノ門ニュース30日武田さん

だいたい犯人が来てでかいことを言うなというのが僕の感じなのですが、原爆落とした当人が来て、原爆なくしましょうと。いったいなに?と。ナイフ持ってきて子供を刺した本人が10年経ったら来て、子供を刺すべきじゃないと。そんなこと言ったって聞けませんよと。

という感じなのですが、外交というのは複雑にやるという手もあるので、まあしょうがないなと。でもこれによって、アメリカが第二次世界大戦の時に犯した三つの大きな罪を不問に伏したり、日本のいわゆる戦犯と言われる人とか、そういう人たちのほうがずっと正しかったということを日本人が忘れるとか、そういうことがあると非常に残念であると。

日本としてはオバマ大統領を広島に受け入れるのには僕は反対だったけど、まあ受け入れるにしても、やっぱり我々はアメリカのほうが日本より上っていう気分が戦争に負けたのでまだあるのです。

以前は日本とアメリカはそれぞれの国だと思っていたのですが。

自分の娘を殺した犯人が10年経って、子供は殺すべきじゃないと家に言いに来た時に入れますかね。

そこは人種差別を感じますね。オバマさんは黒人ですが、それでもやっぱりアメリカと日本の差があるような気がします。

被爆者の代表は出て来るべきではなかったと思っていますが、これはいろいろ考えが違っていてもかまわないと思うので、そういう考えの中で作っていくということです。

視聴者のメールで「日本がアメリカ大統領の訪問を歓迎したのは70年以上も続くアメリカの自己欺瞞を日本が憐れんで許しを与えたと解釈します。」について。

そうしたら、東京裁判の記録は全部なくさなければいけません。それと同時に日本人の中でなくさなければいけません。今日本人の中でも東京裁判と言ったりA級戦犯と言っている人たちがいる。それはやはり日本も国内でオバマ大統領の広島訪問を認めるとともに、日本としては一切東京裁判というものはなかったんだということを日本人どうしで確認していく必要があると私は思います。

オバマ大統領の演説で「科学の進歩に見合う道徳の進化が求められる。」と言ったことに対して。

アメリカ大統領が言ったからといってありがたがる日本人の心が残念なんです。アメリカのいい所をとるというのはいいですが、陽気だし明るいし、いいですよ。だけど乱暴だし、日本に太平洋を越えて仕掛けてきたりするのですから。

日本人はすぐリンカーンが人の上に人を作らずと言ったり、ケネディが何か言ったりしたら、みんな喜んじゃうけど、そんなこと喜ぶこと自体が白人コンプレックスの現れなんですよ。僕はそう思います。

ということでしたが、先週原爆で全滅した女子中学生と先生の集合写真を見せていましたが、武田さんは戦争を身近に感じ、今でも戦争の中で起こったひどいことが武田さんの中で駆け巡っているのだと思います。

 

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オバマさんの広島訪問、被爆者4人が立ち合いへ 虎ノ門ニュース26日青山さん

原爆を落として、虐殺した国の大統領が、ついに虐殺された側、かろうじて生きてこられた方々と目を合わせて話をなさる。もう国務省も国防総省もオバマさんが被爆者と目を合わせて黙っているわけがないのでもう止めません。ということを聞いているので、思わず電話で歴史的だよね。と電話の向こうで普段割と冷たい日本嫌いなのかなという国務省の長い議論相手が、沈黙して明らかに涙ぐんでいるんです。あれほど自己弁護して正しかったんだと言いながら、少しずつ情報が伝わって、小さい子供や女性が皮膚が垂れ下がって、そんな経験誰もないからどうしていいかわからないからそのまま歩いて水がないから水槽に顔を突っ込んで亡くなったなどということを聞いて、やはりアメリカの人は国務省の人であっても、素朴なところが残っていて、心の中にあるのです。そういうことが今回妥協の産物ではあるけれども、ぎりぎりのところでついに、被爆者に戦争犯した側のトップが会って、短くても言葉を交わすということなったと思うのです。

もう一度経過を振り返ると、日本の報道はミスリーディングで、広島訪問を日本の政府は何も要求してない。アメリカの側から勝手に言ってきたんだとそればかりNHKをはじめ流れていました。そうするとまず日本の有権者や有権者にいたらない子供たちの間にもどういうふうに広まるかというと日本はアメリカに対して何も言わないんだと。

安倍政権は戦争やるんだとか独裁者だとか怖そうなのにアメリカに対して何も言えないのかと子供のほうがそう感じるのです。大人のほうは勝手に決めていくのはオバマさんの野心だけだと。でも一方で自分の時しかできないのではないかという気持ちもある。

そういうことは伝わらないのです。事実はこれは安倍さんが直接オバマさんに働きかけもしたんです。安倍さんはこれを永遠に、総理を辞めても、安倍晋三という人は東京オリンピックまでは頑張ってやってもらって、今のところは2018年で終わりになってますが、そんなことが責任上できるわけがない。東京オリンピックを誘致したんだから。それをとにかく終えて、その後は未練を残さずに後進に道を譲るべきだと思いますが、あえて先に話しましたが、そうしてやがて総理を辞める時が来ます。

でもその後もきっと語らないと思う。自分を誇るために語ったりしないと思うけど本当はオバマさんの顔を見て説得というのではなくて、オバマさんも行きたいという気持ちがあるから、目を見て響き合うようにして、それで出て行ってできな話なのです。アメリカが勝手に決めたのではないのです。

アメリカが謝罪しないというのは最初から日本側が聞いていたから、それで中国や韓国みたいにガーっと謝罪しろと言うのではなくて、淡々と水が静かに打ち寄せるように謝罪しろとは言わない。アメリカ国内で謝罪と受け取られなくても、つまりアメリカ国内に説明ができても日本人が見たら謝罪と受け取れる妥協点はないかとずっと言わばトップ同士がすり合わせてきたのです。

僕が見てきた諸外国を含めてこんなに首脳同士がすり合わせてきた例というのは知りません。

2つのことを提案してきて、僕の言うことなんて聞いたってしょうがないんですよ。ただの民間人で、なんでもないわけですから。そんなのにかつて言ったことがその通りになったりするとそれをちゃんと頭に積み上げていて、相手の地位を関係なく聞いてくれるのです。2つのことをずっと言ってきましたが、僕は甘い人間なので、オバマさんが広島に行くのに被爆者に会わないなんてことを想像しませんでした。アメリカの側から合わない方向だと聞いて、むちゃくちゃ怒りました。人間として歪んでるぞと。そう言われたら、中国韓国ともよく議論するのですが、ここまで言うともう終わりなんです。関係も壊れたりするんですけど、アメリカ人は壊れないんですよ。向こうも怒鳴り返すんですが、だいぶ経ってから、電話をかけてきて、ちょっと考えたんだけどと言うわけです。

お互いキザもへったくれもなくなって、前に言ってきた通り、被爆者の方は背が小さいので、オバマさんが上から見下ろすわけがないのでかがみます。日本式の謝罪に見えるから会わないといっています。と話をしているうち密室で会うのはどうか。密室はとんでもないということになって、僕ごときの意見は関係なく、あくまで安倍さんや外務省の今回駐米大使の佐々江賢一郎さんがよくやりました。

過去のプロ野球のコミッショナーをやった加藤良三さんは外務省の偶像みたいな人でプロ野球コミッショナーをやったときにどれだけひどかったか。責任回避して。

その加藤さんが駐米大使の時はほとんど何もしないようにしているように見えました。いくら何を言っても馬耳東風。

それに対し佐々江賢一郎さんという方は駐米大使という仕事をよくやりました。安倍さんの真意をわかって、選挙目当てと思わずに、創意工夫を繰り出していったアメリカの駐米大使館が本当によく動きました。

被爆者に必ず会わなければ日米関係はおしまいになる。トランプさんどうのこうの以前におしまいになる。と言っていたら、これが妥協案なのです。

まず数を絞る。そうすると日本人の集団に圧迫されて謝罪しているという絵にはならないであろうと。その中に長崎の被爆者の方を入れてくださいとお願いしていたら、長崎になぜ行かないんだという話になるのを警戒して、市長知事なのです。何とかしてぎりぎりの妥協点を作ってオバマさんは会うことになりました。

もう一つはオバマさんご自身がまだ就任して大統領になって三か月の時に2009年のチェコのプラハで東ヨーロッパの素朴な民衆の方々に核なき世界という嘘を言った。アメリカは怒りますが、怒りつつもこれは違うという人も実はいません。オバマ演説の真意は核少なき世界。日本は核兵器を持っていないのでなかなかわかりませんが、要は核兵器というのは他の兵器と比べると劣化しやすくて、それを放置しておくと放射線物質の漏えいを招いて自国がめちゃくちゃになるため、高い維持費でずっと守らなければいけないのでお金がかかってしょうがないので、アメリカとロシアはそれぞれ千五百発ずつにしたいというのがオバマさんの真意です。なんで千五百発かというと、千五百発あったら九十数億人の人類を自国民だけ除いて、一度に全部殺せる数なのです。

これが核なき世界でしょうか。

全体の数が少なくなったら北朝鮮の少数の核が値打ちが上がってしまいます。とんでもない話ですが、プラハの長い演説の中に日本語で言うと道義的責任という言葉が出てきて、それを耳で聞いたときに、オバマさんの英語はクリアなのでモラルレスポンシビリティーと言って、道義的責任、それも唯一、原爆を持っている国は世界にいくつかあれど、その中で実際落としたのはアメリカだけだ。それによる道義的責任があると言ったのです。

そのあとto act と続けましたが。つまり行動する道義的責任があると。過去のことを謝らない、けど将来に向けて核なき世界に向けて行動する道義的責任があると。

何だと思ったがそこにそれだけだったら、ア レスポンシビリティー トゥアクト そこにモラルとつけたのはキリスト教国にとっては大変な言葉で、アメリカ大統領は聖書に手を置いて宣誓なさいます。

そのイエスキリストが開いた宗教においてモラルという言葉が出るということは明らかに重大な意図があるわけです。

この ア モラル レスポンシビリティー トゥ アクト を広島で被爆者の方々に本当は広島長崎の被爆者の方々にお会いいただいて、大統領が短くていいし、核なき世界と言わなくていいので、あの道義的責任があると言ってくださいと。それに対しては電話でもシーンとしているので、これはやっぱり重大なテーマになっているんだな思いつつ、途中経過は無理かなーと思ったわけですよ。

そしたら急にベンジャミンJローズという人が講演なさって、何回か趣旨としては同じことを言っていて原爆投下には深刻な代償があったということをオバマさんは広島でとても個人的な気持ちで言うらしいよ。と言いました。ローズさんは日本では無名ですが、大統領副補佐官でこの人は実はオバマさんのスピーチを書いていると。

これを言ったということは自分が原爆投下は戦争を終わらせた。アメリカの主張は正しいと。深刻な代償があったと。つまり女性や子供や高齢者が垂れ下がった皮膚で歩いた。あげく後遺症まで含めると三十万人の人が亡くなったという代償があったということを原稿に書いてオバマさんに渡したよという意味なのです。

オバマさんが実際それを使うかどうかはそれまでの権限はないけど、普段スピーチを書いている自分は渡しました。と言っているので、複数のアメリカの当局者に確認をとったら、もちろんそうだよと。

ミスター青山がずっと言っていた ア モラル レスポンシビリティー トゥ アクト という言葉は使わないようにするだろうけど、そのかわり深刻な代償つまり終わらせたと言いつつも罪なき人々を大量に殺害したと。これは虐殺だと言わないけれど、それが伝わるように被爆者の前にいうことになるだろう。そういう風なことが起こる見通しだよと。

これは71年の日米の歴史にとってあるいは本当に世界の対国外交にとって本当にヒストリカルそしてメモリアル、非常に繊細なお互いの国益をぶつけ合いながら、お互いの立場もぶつけ合いながら微妙にすり合わせて、最後は人の心で一致したところがあります。

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原爆について 虎ノ門ニュース23日武田さん

第二次世界大戦でアメリカは大きな犯罪を三つ起こしました。その一つは東京大空襲、ルメイという将軍が戦略爆撃隊長が指揮したわけですが、彼は言いました「東京には婦女子しかいない。」婦女子しかいないところはもともと爆撃してはいけない。戦争というのは相手の軍人は殺していいけど、一般人は殺してはいけない。巻き込まれたのは仕方がないが、国際法で決められたことです。例えば子供を前にして撃ってはいけないわけです。しかし彼は東京大空襲にあたってまず、「東京には婦女子しかいないことはわかっている。婦女子というのは怖がる。だからまず東京の郊外に爆弾を落として、山手線の内部に逃げ込んできた婦女子を上から焼夷弾で殺す。」焼夷弾というのはガソリンですから施設は破壊できないが人は焼けるわけです。それで10万人以上の死者を出しました。これは残虐行為です。都市への爆撃というのは日本の重慶爆撃、ナチスの行ったロンドンへのロケット攻撃がありますが、それとアメリカのやった都市への無差別攻撃というのは桁が違います。

婦女子しかいないからおびえさせて焼くんだというルメイ将軍は勲一等旭日大綬章を授与しました。日本人の婦女子を意図して殺した10万人も虐殺した人を表彰しました。

ただ、これについて昭和天皇は普通だったら勲章を渡すのですが、用事があるからと言ってお渡しになりませんでした。天皇陛下としては最大限の抵抗だったのでしょう。

二つ目の大きな犯罪は広島長崎の原爆投下です。原爆の製造工程および落とすか落とさないかの判断、どこに落すかという議論をアメリカのトルーマン大統領の時にいろいろ行われました。一番穏やかだったのは海上に落そうというものでした。海上でもその威力は十分にわかるので、今の日本が弱っているのだから、東京の海上のどこかに落せば日本は降伏するだろうというのが最後まで残りましたが、結局あの時は、ものすごく苦労して原爆二つを作りました。片方は加速器を使って、片方は原子炉のようなものを使って。こんなに苦労して作った原爆を使わない手はないということで日本の上に落しました。

そのときにいろいろ本が書かれていますが、日本の船の集合している艦隊の上に落せば、船がいっぺんにひっくり返るというのが面白いだろうという記述もあります。つまりあの当時のアメリカ人は日本人は人間と思っていません。

広島にはもう明治時代には大本営がありましたが、明治の天皇の終わりのころには東京に移っているので軍事施設があるわけではない。呉に落すのであれば、まだ理由がありましたが、広島に落す理由はありませんでした。もちろん長崎にもありません。完全に犯罪です。

第三番目の犯罪は、東京裁判と言われる、いわゆるリンチです。もともと戦勝国が戦敗国の人を裁判するというのを反日日本人が支持していますが、インドのパール判事はこれは裁判ではないリンチだと途中で判決には加わらないと見識を示しました。

もし戦後に裁判という国連検証にももちろん法の下の平等というのが明記されてあります。アメリカ憲法にも14条にも法の下の平等というのが示されています。

トルーマン大統領の後継者のオバマさんが広島に来ることはいけないことです。正義は冷静に悪いものは悪い。いいものはいい。としないと友好関係を結べません。

今の日本とアメリカの友好関係はよいですが、それは服従関係です。日本人はケチになって、アメリカとつながっているとお金が儲かるとか言って、ケチなことをやっていますが、やはり民族が一番大切に思うのは誇りです。

アメリカと戦争の清算をしてアメリカは勝ったからあの時は人種差別もあったし、日本人だけと死刑にしましたが、本当はアメリカのほうが残虐なことをしているということを認めて、それから友好関係を結ぶのが正しいわけです。

人との関係も国家の関係もそうですが、悪いことは悪い。歴史は歴史と我々は中国や韓国に対して歴史認識が間違ってますよと言いますが、日本とアメリカとの間にもご都合主義歴史認識なのです。

つまりアメリカに三つの大罪を言わなければいけないのに言うと損するから言わない。

中国や韓国はアメリカより弱いから日本人もガンガン攻撃するというのではそれは武士ではありません。武士は強いほうに厳しく、弱いほうには優しくというのが武士です。なので今度の広島訪問は大変そういうことを考えられたのは結構ですが、お断りしますと。

そう正しく日本がやることによって、核兵器の廃絶は成功すると思います。つまり核兵器の廃絶を強い国はいいよと言っていたのでは、いつまでもなくなりません。

広島市のアドバイザーだった時がありましたが、会議で広島市はなぜアメリカ人を宿泊させるのですかと聞きました。広島の被害を受けた人が、おじいちゃんやおばあちゃんを殺されたわけだから、そう容易にアメリカ人の姿を見たくないだろうなと。僕が宿泊する施設にアメリカ人が結構いたんですよ。それで僕はなんでアメリカ人を広島を受け入れるのかと思い発言しました。30人くらいの大きな会議でしたが答えがありませんでした。みんな黙ってしまってどう答えていいかわからない。

我々はどういう目にあったのかというのを日本とアメリカの戦争というのは日本がパールハーバーを攻撃した。パールハーバーというのはハワイの市ではありません。市民の住んでいるところではなく、軍事施設、特にあの時はガソリンタンクも攻撃しませんでした。後方施設は攻撃せず、直接の戦艦などを狙った。日本の戦争の仕方というのは基本的には相手の軍事施設を叩く。これは戦争だから必ず軍事施設を叩こうとします。

お城に攻めていくときに逃げる民衆を全滅させてからお城に行くなんてことをしてはいけません。

殺された人の写真を見ないといけません。そうしないと日本が戦争起こしたから悪いなどと言い変なことになります。

戦争というのは謝罪もしてはいけません。なぜかというと戦争というのは国と国との違う価値観の争いであって、必ず軍人同士という決まりがあります。なぜ派手な軍服を着るかというと狙うほうが狙いやすくなるからです。一般人のものと明らかに違うもの。だからきらびやかで、隊列を組んで敵に対してまっすぐ行くわけです。

戦争というのは国と国との争いの決着をつけるために、兵士が犠牲になり、兵士同士で戦う。代理戦いなのです。今で言うサッカーのようなもので、蹴っているときに観客を引きずり降ろして殺してはいけないのと一緒で、ルールでやる。国際法ルールがあるので、広島に原爆を落とすというのは絶対にやってはいけない行為です。

殺されてしまった先生をはじめとした中学生の写真を見て、アメリカが何をしたかと考えるべきです。

日本が戦争を起こしたから原爆を落とされたのではないのです。戦争というのはもともと軍人同士でやるものです。軍人と軍人でやるものであれば戦争ですが、広島長崎は虐殺です。

原爆を落とさなければ戦争は長引いたという議論がありますが、ルメイ将軍は私は爆撃の司令官として原爆を落とさなくても短期間の間に日本は降伏したと言っています。

原爆を使わなかったら降伏しなかったなどと議論したらどんな兵器でも使えるようになります。

ことあと全滅させられた中学生の写真を数枚見せていました。

日本が広島長崎をこれは戦争ではないと世界に言い、核兵器とはそういうものだからダメなんだと言うべきです。

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オバマさんの広島訪問の2つのポイント 虎ノ門ニュース12日青山さん

オバマ大統領が広島を訪問されますが、2009年にチェコのプラハで言わば世慣れしてない東ヨーロッパの民衆の前で核なき世界というノーベル平和賞をとった演説をなさいましたが、その言葉の中に原爆を実際に落とした唯一の国として道義的責任があるとという趣旨の発言をしています。道義的責任があるからこれからの世界核がないように努力しなければならない。アメリカが率先してやらなければいけないと言いました。

プラハの民衆に対してはいいかっこしてるだけですが、道義的責任というのは広島に原爆を落としたことを悪かったと言っているのではなくて、これから先、核をなくしましょうということです。その辺がちょっとすり替わっていますが、世界の感じ、ノーベル平和賞委員会はこれから核があるべきかないべきかでノーベル平和賞を出しましたがその上で、カッコつけただけでなく、核なき世界というのは嘘です。核少なき世界であって、アメリカが過剰な核を抱えているとその維持費がかかってしょうがないのでその維持費を減らしたいというのが本音です。

これを広島に置き換えると話が変わります。つまり実際に原爆を頭の上に落されて、虐殺された広島市民の前で原爆を投下した道義的責任があるとプラハで言ったことと同じをことを言えば謝罪に近づきます。同じ言葉ないし同じ趣旨を言うのであれば謝罪に近づくので意義が何段階もアップします。

オバマさんが広島入りして資料を見て、献花を出し声明を出す。というところまで決まってますが、肝心な行事になるはずの被爆者とオバマさんがお会いになるかどうかは決まっていません。場所を変えてお会いになる必要はありませんが、献花をなさったら、現に被爆者はいらっしゃるのですから、近くに見に来ていることは考えられます。そこに歩み寄られて会話されるだけで大きな意味があります。何か言葉をかけるだけで謝罪しなくてもそれに近づけることになります。

日本国民には信じられないことですがアメリカの学校では正当化して教えています。原爆を投下しなかったら何百万人死んだという先生までいます。またそれとは逆に、原爆投下したために戦争は早く終わったので、救われた命はあるというのは仮に正しくてもそれは兵士の数千人。あるいは数百人。そのことによって何も関係がない高齢者や子供、女性や赤ちゃんを10万20万と殺害することと比べられるのかということを言っている大学の先生もいます。ものすごい嫌がらせにあっています。それをちゃんと言うこと。それから一部であってもメディアでそこを伝えるというのはそこはさすがアメリカなのですが、大多数の普通の優しいアメリカ国民であっても小さな頃から何百万人救ったというふうに教わっているので、そう思いこんでいるわけです。

特に神経質になっているのはベテランという言葉がありますが、英語では退役軍人という意味もあります。ベテランズという名の退役軍人達の政治的発言権はとても強い力を持っています。なぜならアメリカは戦争ばかりしてきた国だからです。数も多いし、日本と違って戦争に行った人たちを悪者にしないで、祖国のために命や人生をささげた人たちとして敬愛されているので、この人たちの首脳陣はひどいことをしたのですが、ワシントンの博物館に原爆を落としたエノラ・ゲイという飛行機が展示してあり、原爆を落としたらどうなったか展示するのが当たり前です。ところがその時にベテランズがものすごい抗議をやって、エノラ・ゲイの展示はしてもその後その下で何が起きたかは一切何もありません。しかも館長は事実上追われました。アメリカ人の本音は同じワシントンであっても例えば議会の人やホワイトハウスの人たちは他のことは展示してもそのことだけを展示しないのはそれはアメリカじゃないよねと言いつつも、ベテランズの怒りにはどうしても反抗できないということだったわけです。

広島にオバマさんが来るというだけのことでも、大統領選挙のさなかこのベテランズを怒らせるともともと弱いヒラリーさんがトランプさんに大負けすることにもなりかねないので、オバマ大統領とホワイトハウスは苦慮しています。

今までも水面下での日米交渉を見ていると謝罪と言っていないけど、謝罪だというのが一番の正しい落としどころです。それは日本の利益のためじゃなくて、あえて言えば人類のために。それがなくして核廃絶というのは誰が見ても偽善です。したがってぎりぎりのラインとして2つありますが、一つは同じ大統領、そして政権の始まりと政権の終わりですので、プラハと同じことを言ってくださいということ。アメリカは原爆を投下した道義的責任がありますと。したがって核をなくしていく努力をしなければならないと言ったら、例えば被爆者の方々にとってもあるいは広島市長であったり広島県知事にとってもいろいろな受け止め方があるでしょうが、一般的に言えば謝罪に近づきます。

もう一つは必ず被爆者と会っていただくこと。その時の一言一言や、あるいはオバマ大統領の立ち振る舞いです。オバマさんは温厚で優しい人で、人のことを愛している。というのは本当だと思うので、少なくとも人を愛する大統領だったというのを信じたいと思うのです。

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原爆について 4月12日百田さん虎ノ門ニュース

広島をケリー国務長官が訪問しました。テレビで見ましたが、さすがに謝ることはしませんが、同情していたように見えましたね。しかし、広島にある慰霊碑には、「安らかにお眠りください。あやまちは繰り返しませんから。」と書かれたものがあります。日本人が日本人に謝っています。これを見てどう思うかこれがリトマス試験紙と百田尚樹さんは言います。自虐史観の人はもちろん日本が悪かったのだからしょうがないと思でしょう。しかし、戦後70年が経ち、自虐史観が解けた人、WGIP文書(1948年3月3日付で民間情報教育局から総参謀二部に宛てた「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と題された文書)を知った人は納得するわけがありません。仮にこのような碑がアウシュビッツあったとしたらどうでしょうか?ユダヤ人が許せるでしょうか?9.11のあったアメリカにあったらアメリカ人は許せるでしょうか?広島と長崎に行われた行為は戦争犯罪です。国の軍同士が戦うことを戦争と言いますが、民間人を虐殺する行為は戦争とは言いません。東京裁判で日本人を全員無罪と主張したパール判事は昭和27年に広島を訪れて原爆慰霊碑を見たとき、通訳に訳してもらったところ、不快感を隠しきれませんでした。そこで彼は「原爆を投下したものと投下されたものとの区別さえもできないようなこの碑文が示す不明瞭な表現の中には民族の再起もなければ犠牲者の霊も慰められない。」と言っています。さらに「これを投下した国から真実味のある心からの懺悔の言葉を未だ聞いたことがない。罪のない老人や子供や夫人を幾十万人殺してもいいというのだろうか。我々はこうした手合と再び人道や平和について語り合いたくない。」と極めて強く批判しています。

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