硫黄島について②     柏駅での街頭演説。青山さん。

硫黄島の話の続きです。最後の方は珍しく選挙演説のようになっています。以下は青山さんのおっしゃったことです。

 

硫黄島が生きるヒントだと思ったから、僕は硫黄島から帰った翌日にわずかな生き残り、1033人だけ生き残った生き残りの方に金井啓さんという方に会いに行ったのです。

会いに行って6時間も話して、そして、帰ろうとしたら、金井さんが車に乗ろうとする僕の腕をつかんで、後ろから腕をつかんでおっしゃったのが、「青山さん、別れる前に一つだけ聞きたい。あなた自由に硫黄島を回ったんだってね。自分たち生き残りも、政府に制限されて、限られたところしか回れない。あなた自由に回ったのは本当ですか。」と言われて、

「そうです。防衛相自衛隊の良心派のおかげで、1日ですけど、自由に回りました。」と答えたら、その金井啓さんが言われたのは、「では、地下壕にドラム缶はありましたか。」と聞かれたのです。

その通り、どこの地下壕もドラム缶があって、下に穴は開いているけど、まっすぐ立っているんですよ。

僕は金井さんに「あの雨も降らない川もない暑い暑い硫黄島にたまに降るスコールをあのドラム缶にためて戦ったんですか」と聞いたら、

金井さんは、こうおっしゃりました。その通り。あのドラム缶にスコールの水をためて戦ったんだけど、すぐに人間の皮膚とか髪の毛とか肉が混じるんだよ。周りで人が吹き飛ばされるからね。しかし、先に死んでゆく友人が最後に水が欲しいというから、そのドラム缶から水を汲んで戦友の唇にあてると、どの戦友も唇が腫れ上がるんだよ。ドラム缶の中は熱湯だったんだ。地下壕の中は70℃どころか、夏は90℃を超えたんです。

ぼくはこないだ行ってきたんですけど、今度は夏でした。海上自衛隊が測ってくれたら92℃だったんです。

それですから、ドラム缶の中の水は熱湯になっていて、唇が腫れてそれが初めて分かった。自分たちは咽喉が焼けてもそれに気が付かなかった。「だからねえ青山さん、自分はたまたま生き残って帰ってきて、毎日毎日、南に向けて、この硫黄島のほうを向いて、冷たい氷水を作ってね、南に向けて捧げて、ただ祈ってきたんです。

それだけだけの60年でありました。」言われたんです。だから僕はこの硫黄島の氷水の話を第1次安倍政権で安倍さんが間もなく辞めるとき、松岡農水大臣が首つり自殺をした翌日に、たまたま総理官邸で安部さんに会った時に、安倍総理にこの話をしたら、安倍さんが怒ったんですよ。政権が危機の時に外交安保だけはちゃんとやろうと思って、専門家の青山さんにそのことを聞こうと思って会ったのに、なんで硫黄島の話ですか。

安倍さんは怒って部屋を出て行ったんですよ。ところがその後、野党時代があって安倍さんは再登板しました。

2012年の年末に再登板して、2013年の4月ごろに具合が悪くなったんです。いつもの潰瘍性大腸炎じゃなくて、あまりの心身の疲労から具合が悪くなった。2013年の4月の半ば頃です。

そして1日だけお休みをとって、東京富ヶ谷のお宅でゆっくりされることになったんです。そしたら、総理官邸のお役人から電話がかかってきて、「青山さん、あなた安倍総理に何か言ったんですか。総理は休みができたから硫黄島に行くと言っている。もう4月の硫黄島は暑い暑い。具合が悪い安倍さんが行くとまた政権がおかしくなる。何を言ったんですか。」と言われましたので、僕は慌てて、普段は電話だけなんですけど、総理官邸に行って、安倍さんと会ったら、マスコミがいないところでは顔をあげられないくらい疲れているんですよ。だから総理に1日休んでください。なぜ硫黄島に行くんですか。と言ったら、

「青山さん、あなた忘れたのか。松岡農水大臣が首を吊った翌日に、俺に硫黄島の話をしたじゃないか。」あの後野党になって時間ができたから、あなたの言ったことが本当なのかどうかということをずっと調べて来たら、どんな誇張もなくて全部本当だったと。政治の役割はこういうこともあるんだと。それをやらなかったから第1次安倍政権はむしろ潰れたんで、それをやるためにも再登板したんだと言われて、

総理は硫黄島に行かれて、滑走路に土下座されたんです。テレビ局は訳が分からなくて、安倍さんはブツブツ何か言っていたと。まるで右翼の何かみたいに放送したけど、本当は安倍さんは僕が申しあげた通り、滑走路に土下座をして、この下にいる皆さんを必ず取り返すとおっしゃってたんですよ。

安倍さんと僕は意見の合わない点はたくさんある。消費増税は延期じゃダメ。最低限凍結しなくちゃ。日韓合意も反対です。外国人の労働者受け入れ拡大も反対です。

いったん来てもらった外国人労働者はあっという間に人工知能とロボットでいらなくなるんですよ。いらなくなった時に中国に押し返すんですか。そんなことできませんね。

今安倍さんがやろうとしていること。たくさん反対はあるんですけど、あの安部さんが具合が悪い時にあえて硫黄島にいったこと。そのことは、私たちの考え方の根っことして実は一致できる点なんです。

実際に第2次安倍政権になってから、全然報道されないから誰も知らないけど、硫黄島のご遺骨を滑走路の下、自衛隊機が踏みつけにしてしまうところからも、島中からも、1万1千人のご遺骨を取り返そうということをかろうじて進めていて、

1番聞いていただきたいのは、硫黄島の英霊の方がご遺骨になってこの柏に帰ってきたら何が起きますか。

子供たちに話ができますね。いじめられている子は。いじめている数人と、いじめられている自分との、小さな私の世界しか見えなくなるから追い詰められて死を選ぶんです。

しかし、いじめはいつの時代にもあるけれど、その時代を乗り越えたら人のために生きられる。公のために生きられる。新しい広い人生が待っていると思ったら、死を選ばない子供も出てくるんです。

ご遺骨を取り返すというのは戦争の思い出話をするんじゃない。戦争を美化するんじゃない。

私たちの日本人の生き方というのはそうやって自分のためでなく、人のために生きるというのにあって、そのみんなが一つになれる目標を持ったら、いま政治がいつも争っていて、憲法のことでも税金のことでも、とにかくケンカばっかりしているのが、やっと一つになれるところが見つかる。

例えば本当はそれが硫黄島の英霊の方々が、ご遺骨が我々に教えてくれることではないでしょうか。

そしてこの硫黄島のご遺骨の収集は安倍さんがいくら頑張ろうとしてもなかなか役所が動いてくれなかったり、たくさんの障害が起こっているのです。

僕はもし、国会に行ったら硫黄島のことをもう一度取り組みます。

そして例えばメタンハイドレートを実用化して日本にはできないはずだった新しい自然産業を興したい。日本の農業を輸出産業に大転換して、世界が待っている世界で一番おいしい農産物を世界に安くお分けして、日本の農業が誇りを取り戻す。

そういうことと、まったく同じように、この硫黄島の遺骨の方々に帰っていただくこともやりたいと思っているんです。

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